空想!ららばいstories
この物語はフィクションであり、作中の人物、作品、楽曲などは、
実在のものとは関わりありません。
とある録音スタジオ、ここでは、あるアニメ番組の主題歌の収録が行われていた。
『♪ささやくよお〜に あげたいの〜』
「ストップ、止めて」
唄ってた琴乃は、めぐみの声で固まった。
「何度言ったら判るの、そこはそうじゃないでしょう?」
「言われたとおりやってますよ〜」
「あなたの“言われたとおり”は、全然言われたとおりになってないの。もう一度、頭から」
「ちょっと待ってくださいよ、私、これから録りがあるんですよ。押してるんです、勘弁してください」
彼女は、現在人気絶頂の、とある変身美少女番組の主人公役をやっていた。
2人のスケジュールの調整がつかず、番組の録りと重なってしまったのだ。
「こっちだって、時間があるからってこんなことしてるんじゃないのよっ!」
めぐみは気色ばんで叫んだ。琴乃が一瞬引く。
「それに、そちらの録りは心配いらないわ、さっき先方に連絡して、今回のあなたの分だけヌキ録りにしてもらいました」
「な、なにを勝手に……」
「あなたのマネージャーに了承を得てます。あなたが納得いくまで、ここに居て構わないって……」
「あたしは納得してるわ、納得してないのは大姉ちゃんだけじゃない!」
琴乃は興奮気味につめよる。しかし、めぐみは冷静に
「世間が納得するまで、です」
「何を……」
怒りの収まらない顔で琴乃が詰め寄ろうとするが、そのとき、調整室からO月プロデューサーが顔を出した。彼はこの場の責任者である。
「ちょっと、めぐみちゃん」
目配せをしながら手招きをしていた。
「こっちへ」
調整室に出るように頼んだ。めぐみはちらりと琴乃をみて、
「休憩にします。5分」
と言って、O月の方に進んだ。
興奮の収まらない琴乃は、
「なにムキになってんのよ、たかがアニメの主題歌じゃない」
とつぶやいた。
「!」
O月の顔は蒼くなった。それ以上に表情の変わったのはめぐみだった。さながら夜叉のような顔で、
ひきっつった顔で琴乃に向き直る。
O月はすぐにめぐみの気配に気付き、大急ぎで彼女を調整室に押し出した。
今、琴乃の言った言葉は、めぐみの一番敏感なところに触れたのだ。
「めぐみちゃん、どうしたの?」
「O月さん、今のあの子のいったこと、聞いたでしょ?」
「な、なにかな〜、オレには聞こえなかったな〜」
「そう……」
聞こえないフリをしているのは判ったが、めぐみは納得した。追及してもシラをきるのはわかってたからだ。
「で、何?」
「いや、もう充分出来てると思うんだけど……はじめに比べれば、彼女もイイ線きてるし」
「あれで? O月さん、耳大丈夫?」
「いや〜」
「あれじゃ、とても世にだせないわ」
「キ、キツイな……。とは言っても、彼女もまだ経験が浅いし……」
「あら、経験の浅かった私に、一通り要求したのはどなた?」
「あ、ああ……」
かつて、めぐみの初レコーディングのとき、確かにO月は徹底的な出来栄えを要求したのだ。
「しかし、あれはその……人には、向き不向きがあるし」
「これは限度を越えてます。こんなモノを聞かせられる方の身にもなってみてください」
「いや〜」
O月は苦笑した。内心、めぐみに賛同したいのだが、作品のシメは迫っている。
今の状態では、琴乃がめぐみの要求するレベルに達するのは覚束ない。
「あ、そうだ、こんなのはどうかな? ここは、とりあえずこれで取っておいて、後日改めて、この曲を録り直すっていうのは?」
「エンディングにはこれを使うんでしょ?」
「いや、そこはなんと言うか〜」
O月は言葉に詰まった。それ以上、上手くいいくるめられそうな手段を思いつかなかったのだ。
めぐみは、スタジオの中で不満気にブツブツ呟いている琴乃を見ていた。
「わかりました」
「エッ」
「次で決めましょう。O月さんの事情もあるでしょうし、最初から比べればマシになってるし……」
「よし、それじゃ……」
O月はそのとこを伝えようとスタジオに向かおうとした。
「まって、O月さん、このこと、琴乃には黙ってて」
「?」
「次で終わるって教えたら、いいモノにならないと思うの。私が納得するまでやる、って事にしといて」
「あ、相変わらず、キツいな……」
「性格だから」
「は、ははは。判った、よろしく頼む」
「とりあえずもう一回やってみよう、琴ちゃん」
O月はなだめるように言った。当然、琴乃は納得しない。
「なんでですか、なんで私がねえちゃんのわがままに……」
続きを言うより早く、O月は琴乃の耳元で
「次で納得させちゃえば終わりだよ、大丈夫、出来るって」
と囁いた。
「え〜ッ」
不満そうな琴乃だが、見下すように見つめるめぐみの顔を見て、
「わかった、もう1回やります。」
と言った。
「じゃあ、テイク1、頼むよ」
ホッとした顔で、O月は調整室に戻る。
「琴乃、しっかりキめなさい」
諭すようなめぐみの言い方に、琴乃は内心『見てなさいよ!』と闘志を燃やした。
『♪それがエクゥスタシィ〜、感じてぇ〜、A、HA〜』
曲が終わったあと、琴乃は期待を込めた目でめぐみを見た。
めぐみはヘッドフォンに手を添え、じっと目を閉じてる。
調整室では、緊張した面持ちのO月がめぐみの言葉を待っていた。
めぐみはゆっくりと目を開け、慎重に、琴乃と目を合わせないようにして調整室を見て一言。
「いいでしょう、これでいきましょう」
「やった〜」
小躍りした琴乃は、めぐみやO月の顔色を気にもとめず、二人に握手をして
「ごっくろうさまでした〜」
と挨拶もそぞろに身支度をして、スタジオを飛び出していった。
残されためぐみは調整室でO月と苦笑まじりに目を交わした。
「かなわないわね、あの娘には」
「あれが彼女の持ち味だから」
「O月さん、この曲のリメイク、今度のアルバムに入れるわ、すぐに録るから、アレンジお願いしといてね」
「おいおい」
「約束、でしょう?」
「判った、すぐ、頼んどくよ」
「よろしく。ご苦労様でした」
身支度を整えためぐみは、ゆっくりと調整室を出た。
「あれ、めぐみさん、どうしたんです。デラックスの録りですかぁ?」
「智佐ちゃん」
通りかかったのは、作品のレギュラーをやっている智佐だった。
「ええ、今終わったところ」
「ご苦労さまでした」
智佐は深々とおじぎをした。
めぐみはそんな智佐の手を取り、
「ごめんなさいね、あなたの作品にとんでもないモノを出してしまって」
と言った。智佐は返答に窮した。彼女はまだ何も知らないのだ、応えようもない。
「今度、あなたの作品に呼ばれたときは、最高のモノを出して見せるわ。約束よ」
「あ、ありがとうございます」
智佐はさっぱり状況のつかめないまま、礼を言った。
後日談1……この曲のリメイクは日を置かず行われ、作品のサントラと同時にリリースされためぐみのアルバムに収録された。
後日談2……3年後、智佐がレギュラーの作品の劇場版のゲストとして招かれたときに、めぐみは力の限りの熱唱でこの日の約束を果たしたのである。
<Fin>
注:くれぐれもこれはフィクションです。
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